漢書卷九十三 佞幸傳第六十三 李延年

「協律都尉」となった歌人

  • 李延年、中山の人。本人も父母兄弟もみな元は俳優(楽人)であった。延年は法に触れ腐刑(宮刑)を受け、狗監(天子の猟犬を掌る役所)で働いた。妹が上の寵愛を得て李夫人と号された(外戚伝に見える)。延年は歌に優れ新しい変化に富んだ曲調を作った。折しも上は天地諸祠を興そうとし、楽を新たに作ろうと司馬相如らに詩を作らせ、延年はその意を汲んで弦楽に合わせ新しい曲を付けた。李夫人が昌邑王を産むと、延年は貴顕となり協律都尉となり二千石の印綬を佩び上と寝起きを共にし、その寵愛は韓嫣に匹敵した。しかし延年の弟季が宮中の女官と姦通し驕り高ぶり、李夫人の死後はその寵愛も薄れ、上はついに延年兄弟の一族を誅した。これ以後、寵臣の多くは外戚の家から出るようになった。衛青・霍去病も寵愛されたが、彼らは功績によって自ら進んだ者である。