漢書卷七十七 蓋諸葛劉鄭孫母將何傳第四十七 母將隆
武庫兵の私用を諫める
- 母將隆、字は君房。東海蘭陵の人。大司馬車騎将軍王音の従事中郎、諫大夫を歴任し、定陶王の召還を進言。冀州牧・潁川太守を経て哀帝期に京兆尹、執金吾となり、董賢や乳母への武庫兵器の私的下賜を「公用の武備を私門に流用するもの」と厳しく諫めた。傅太后の官婢廉価買い上げも公正な価格を求めて諫めたが、逆に「九卿でありながら宮中と物の値で争った」と非難され沛郡都尉に左遷。南郡太守を経て、王莽秉政期に冀州牧時代の馮太后獄への関与を咎められ免官、合浦に流された。