漢書卷四十六 萬石衞直周張傳第十六 衞綰

醇謹の吏

  • 衞綰は代の大陵の人。戯車(曲芸的な乗車)の技で郎となり文帝に仕えた。醇謹で余念なく、景帝が太子の時に招かれても病と称して行かなかった(文帝への忠誠を憚ったため)。文帝は崩御の際、景帝に「衞綰は長者だ、厚遇せよ」と伝えた。
  • 景帝は当初衞綰を疎んじていたが、参乗の際に「先帝が下賜した剣六振りをすべて未使用のまま保管している」ことを知り、その廉直さに感心して重用した。呉楚の乱では河間王太傅として出征し功を立て、建陵侯に封じられた。
  • 太子廃立の際、栗氏一族が誅された時も衞綰は温情ある扱いを受け、新太子(膠東王)の太傅、御史大夫を経て丞相となったが、特に大きな建言はなかった。景帝崩後、囚人の冤罪処理を怠った咎で免官され、後に薨じた。諡は哀侯。