漢書卷十七 景武昭宣元成功臣表第五

序文

  • 『書』に「蛮夷帥服す」とあり、『詩』に「徐方既に俫る」とある。『春秋』が潞子の爵位を列に加えたのも、その諸夏を慕う心を認めてのことである。漢が興ってから文帝の代に至って、弓高侯・襄城侯の封が初めて置かれた。彼らは外から帰順した者だが元は功臣の後裔であったため、外様の降者を侯に取り立てることは、景帝の代になって初めて意図された。丞相周亜夫が高祖の約を守るべきだと争ったが、帝はその議を退けて新たに封賞の道を開いた。
  • その後、呉楚の乱や武帝の胡・越征伐によって将帥が本来の約に応じて爵を受ける道が開かれた。後世の太平の時代にも功労のあった臣を集めて序を立て、元功の位次に続けて記す。

表本体について

表本体(功臣の名・封国・年月の一覧)は底本に採録されていないため省略する。