前漢演義第三十四回 論功で蕭丞相を厚遇し、叔孫通が朝儀を定めて功を立てる (序侯封優待蕭丞相 定朝儀功出叔孫通)
田肯の進言と韓信の降格
- 高祖は洛陽に戻り大赦を行った。大夫の田肯が「関中と斉は天然の要害であり、特に斉は骨肉の親でなければ王とすべきでない」と進言し、暗に韓信への警戒を促した。
- 高祖はこれを踏まえ、韓信を死罪とはせず淮陰侯に降格するにとどめた。韓信は不満を抱き、病と称して朝見を避けるようになった。
功臣たちの封侯
- 蕭何・曹参・周勃・樊噲・酈商・夏侯嬰・灌嬰ら多数の将を列侯に封じた。
- 張良は斉の地三万戸を辞退し、留の地のみを望んで留侯となった。陳平も功を推挙者の魏無知に帰し、高祖は無知にも千金を賜った。
蕭何を巡る論功
- 戦場で功を立てた諸将は、後方で文書を扱うだけの蕭何が最も厚く賞されたことに不満を述べた。高祖は「諸将は獲物を追う猟犬、蕭何は猟犬を指図する猟師である」と説き、さらに一族数十人を従軍させた点を評価して蕭何を功臣第一とした。
- 序列を巡る議論でも、謁者鄂千秋が「曹参の功は一時の戦績に過ぎず、蕭何は五年にわたり関中を守り兵糧を絶やさなかった功は万世に及ぶ」と説き、高祖は蕭何を首位、曹参を次位とし、鄂千秋も安平侯に封じた。
- さらに高祖は挙兵前に蕭何が餞別を人より多く送ってくれた恩を思い出し、蕭何にさらに食邑二千戸を加増し、一族十余人も封じた。
韓信の屈辱
- かつての部下たちが次々に列侯となり、韓信は樊噲の邸を訪れた際にひざまずいて臣と称され迎えられたことに複雑な思いを抱き、「自分が樊噲などと同列になったのか」と嘆いて以後引きこもりがちになった。
同姓諸王の分封
- 高祖は従兄の劉賈を荊王に、弟の劉交を楚王に、次兄の劉仲を代王に、庶長子の劉肥を斉王に封じた(曹参を斉の相とした)。
- 甥の劉信だけは、母の度量が狭かった過去の遺恨から冷遇され、のちに「羹頡侯」という侮蔑的な名で封じられた。
張良の献策・雍歯の封侯
- 洛陽で高祖が武官たちが不穏に密談しているのを見て張良に尋ねると、張良は「恩賞にあずかれない者たちが将来の粛清を恐れて謀反を企てている」と説明。「最も憎んでいる者を先に封じれば皆が安心する」と提案した。
- 高祖はかつて自分を裏切った雍歯を封じることに決め、宴席で雍歯を什邡侯に封じると発表。これを見た未封の諸将は安堵し、動揺は収まった。
太上皇の礼
- 高祖は太公のもとへ五日ごとに参上していたが、ある家令が「皇帝は人主、太公は臣下に過ぎないのに人主が臣下を拝するのはおかしい」と太公に入れ知恵し、太公はほうきを持って高祖を出迎える礼をとった。高祖は驚いて太公を助け起こしたが、太公は「天下の法を乱してはならない」と述べた。
- 高祖はこれを機に太公を太上皇と尊称し、私的な朝礼の儀を定め、家令には黄金五百斤を賜った。
新豊の建設
- 太上皇が故郷を懐かしんでいることを知った高祖は、豊邑の街並みを模して驪邑に新しい町(新豊)を築き、故郷の父老たちを移り住まわせて太上皇を慰めた。
叔孫通による朝儀の制定
- 功臣たちが宮中で酒に酔って大声で騒ぎ、剣を抜いて柱を叩くなど無秩序な様子を見た高祖は、薛出身の博士叔孫通の提案を受け、朝儀の制定を命じた。
- 叔孫通は魯の儒生を集めようとしたが、二人の儒生は「天下がまだ落ち着いていないのに礼楽を興すのは時期尚早」と同行を拒み、叔孫通を諂いだと嘲った。叔孫通は残る儒者と弟子百余人を率い、郊外で竹竿と縄・茅の束を用いた模擬儀礼(綿蕞習儀)で一月余り訓練を重ねた。
- 高祖は完成した儀礼を見て満足し、翌年正月から実施することを決めた。
長楽宮での新年朝賀
- 漢七年正月、完成した長楽宮で諸侯・百官を集めた新年の朝賀が行われた。厳格な序列と作法のもとで儀式は滞りなく進み、酒宴でも失礼な振る舞いをする者は御史に取り締まられて退席させられた。
- 高祖はこの様子を見て「今日初めて皇帝の尊さを知った」と喜んだ。
評語
- 蕭何を功人、諸将を功狗に喩えたことには一理あるが、臣を犬馬に例えるのはふさわしくない。孟子の「君が臣を犬馬のように見れば、臣は君を路人のように見る」との言に照らせば、高祖のこの態度は臣下の不安を招き、密談による謀反の動きを生む一因となった。
- 同姓の者を厚く封じ異姓を忌む姿勢は私情に過ぎず、生母を尊びながら実の父への礼を欠いたことも人の道に悖る。修身斉家治国平天下の大義に照らせば恥じるべき点が多く、王者の礼楽を語るにふさわしいとは言い難い。
- 叔孫通が人の意向を読んで朝儀を興そうとしたのも、竹竿と縄による付け焼き刃の作法に過ぎず後世の嘲笑を招いた。それでも高祖が皇帝の尊さを喜んだのは、外見の体裁に囚われて実質を見失っていることの表れであり、これでは天下を治めるに足りない。魯の二人の儒者が同行を拒んだことこそ、千古に名節を残す振る舞いである。