前漢演義第二十回 鴻門の宴で張良・樊噲が主を守り、秦宮を焼き関中は廃墟となる (宴鴻門張樊保駕 焚秦宮關陝成墟)
項伯の密告
- 項羽の叔父・項伯は、かつて人を殺めて逃亡中に張良に匿われた恩があり、范増の攻撃計画を知って夜密かに沛公陣営を訪れ、張良に急を告げて共に逃げるよう促す。張良は道義上一人で逃げられないとして、沛公にことの次第を伝える。
沛公と項伯の結盟
- 沛公は自分が誰かの進言で函谷関を守っただけで敵意はないことを説明し、張良の仲介で項伯を兄事すると約束、酒宴でもてなす。さらに縁談を持ちかけて姻戚関係を結び、項伯を味方につけることに成功する。
- 項伯は陣営に戻り項羽に対し、沛公は関中を守っただけで功労者であり、これを討つのは不義であると説得。項羽は攻撃を思いとどまる。
鴻門の会
- 翌日、沛公は張良・樊噲を伴い項羽の陣営を訪れて謝罪する。沛公の弁明に項羽は態度を和らげ、宴席が設けられる。
- 范増は玉玦を掲げて沛公殺害の合図を送るが項羽は動かず、業を煮やした范増は項荘に剣舞にかこつけて沛公を刺すよう命じる。項伯が共に剣を舞って沛公を庇い、危機を防ぐ。
- 張良の求めに応じて樊噲が乱入し、項羽への諫言を堂々と述べる(沛公こそ先に関中に入り功があるのに、讒言によって害されようとしているのは道理に反するとの主張)。
沛公の脱出
- 沛公は厠に立つと見せかけて陣営を離脱し、白璧・玉鬥を献上品として張良に託して覇上へ帰還する。張良は項羽・范増にそれぞれ贈り物を渡し、沛公が謝罪の意を示して先に帰ったと説明する。
- 范増は玉鬥を叩き割り、項羽の優柔不断を怒り、いずれ天下は沛公のものになると予言する。沛公は覇上に戻り、内通していた曹無傷を処刑する。
咸陽の破壊
- 数日後、項羽は咸陽に入り、子嬰と秦の宗族を殺害、財宝と美女を掠奪する。さらに阿房宮をはじめ咸陽の宮殿群に火を放ち、三ヶ月にわたり燃え続けさせた。また三十万の兵で始皇帝陵を暴き、副葬品を持ち去った。
- 韓生が関中に都を置くよう進言するが、項羽は故郷に錦を飾りたいとして拒否。陰口を叩かれたことを知ると韓生を油で煮殺す残虐な処罰を下す。
義帝の擁立と論功行賞への布石
- 項羽は沛公が関中王になることを警戒し、懐王に「先に入関した者を王とする」との約束の撤回を求めるが拒まれる。怒った項羽は諸将を集め、懐王の功績のなさを論じて彼を「義帝」に祭り上げ、実質的に権力を自らの手に収める方針を固める。
- 論功行賞の分封を進めようとするが、誰から封じるべきか思案する場面で回が終わる。
評語
- 鴻門の会は沛公にとって生涯最大の危機であったが、項伯の恩返しと張良・樊噲の機転により難を逃れたのは、人事のみならず天命によるものだと評する。項羽が秦の宮殿を焼き払った行為は、武王が紂王の宮を焼かなかった故事などと比べても愚かしく、子嬰殺害・咸陽の蹂躙・始皇帝陵の盗掘・韓生の惨殺など、その暴虐は秦にも勝ると批判する。秦の罪業は天に通じるほど深かったが二世まで続いたのに対し、項羽は自身の代で滅んだと対比して結ぶ。