前漢演義第十七回 釜を破り舟を沈め奮戦し、秦軍は兵を失い降伏を乞う (破釜沈舟奮身殺敵 損兵折將畏罪乞降)
項羽の宋義誅殺の公表
- 項羽は宋義の首を掲げ、斉と内通し楚を裏切ろうとしたとの罪状を全軍に告げる。将士たちは項羽を仮の上将軍に推戴し、宋義の子・宋襄も追撃して殺させる。懐王は既成事実を追認し、正式に項羽を上将軍に任じた。
陳余の逡巡と張黶・陳沢の全滅
- 趙将陳余は秦軍を恐れて進軍せず、鉅鹿城内の張耳から繰り返し救援を催促されるが動かない。業を煮やした張黶・陳沢は陳余から兵五千を借りて秦軍に突撃するが、全軍が全滅する。
破釜沈舟
- 項羽は黄河を渡ると、船を沈め釜甑を破壊し宿舎を焼き払い、三日分の兵糧のみを持たせて決死の覚悟で秦軍に当たらせた(背水の陣)。
鉅鹿の戦い
- 項羽軍は英布・蒲将軍と合流し、秦軍を打ち破りながら鉅鹿へ進撃。王離の陣に突入し、九度の戦闘すべてに勝利する。王離は生け捕りにされ、副将の渉閒は自ら陣営に火を放って焼死した。
- 各国の援軍は傍観するのみだったが、項羽の圧倒的な戦いぶりに恐れ入り、続々と帰順を申し出た。項羽は諸将を跪かせるほどの威を示した。
趙王・張耳との会見、陳余との決裂
- 鉅鹿を救われた趙王歇と張耳は項羽に謝意を示す。張耳は救援に来なかった陳余を責め、張黶・陳沢の死の真相を疑うが、陳余は自らの潔白を訴え、憤って将印を返上する。張耳はその印を受け取り、二人は決裂。陳余は少数の従者と共に去り、隠棲した。
章邯との対峙、趙高の疑心
- 張耳は趙王を奉じて項羽軍に合流。項羽は章邯を棘原で包囲するが、范増の進言で持久戦をとる。
- 章邯は敗戦を朝廷に報告するが、趙高がこれを握りつぶし、二世に知られると章邯に責任を転嫁する詔を出させる。章邯が送った司馬欣は趙高に面会すら拒まれ、危険を察して逃げ帰る。
- 陳余から章邯へ、秦に見切りをつけて諸侯と結ぶよう勧める書状が届き、章邯は心を動かされる。
章邯の降伏
- 章邯は項羽に和睦を求めるが、叔父項梁の仇として一度は拒絶される。しかし楚軍の攻勢に敗れを重ね、都尉董翳の勧めで司馬欣を通じて再度降伏を申し入れる。司馬欣がかつて項梁を救った縁もあり、范増の説得もあって項羽はこれを受け入れ、章邯・司馬欣・董翳らは洹水南岸で降伏した。
- (詩:秦の名将章邯が屈服したことの哀れみを詠む内容)
評語
- 項羽の鉅鹿救援は秦楚興亡を決した最大の戦いであり、破釜沈舟の決死の覚悟と圧倒的な武勇によって百戦錬磨の章邯を屈服させた功績を称える。ただし秦の滅亡は趙高の奸佞と二世の愚昧にも大きく起因しており、天が秦を滅ぼすべく趙高で内を乱し項羽で外を撓めたのだと総括する。