殘唐五代史演義傳第三十九回 建唐、計をもって傅道昭を擒う (建唐智擒傅道昭)

彦章、再度建唐に挑む

王彦章は史建唐の勇猛を認めた。援軍の葛従周は撤退を勧めたが彦章は聞かず、翌日再戦を挑む。五、六十合戦った末、彦章はまた偽装の敗走を試みるが、建唐は「その手は高思継には通じても私には通じぬ」と見抜き動かなかった。彦章が再び槍を構えるも、建唐配下の七将に攻め立てられて敗走し、多くの兵を失った。

汴梁への使者を狙う伏兵

建唐は七将に、汴梁へ通じる大道に伏兵を敷き、往来する怪しい者を捕えるよう命じた。彦章は糧食不足を管糧官から聞かされ、傅道昭に表文を託して汴梁へ急派し、糧草と援軍を求めさせた。

傅道昭の捕縛と処刑

道昭は夜道を急ぐうち陥穽に落ち、伏兵に捕らえられて建唐の前に引き出された。建唐の尋問に道昭は正直に答え、身に隠した表文を建唐に押収された上、衣を剥がれ斬首された。

趙霸の登場

建唐は次に、偽って糧草を誆り取る計略を立てる。名乗りを上げたのは巡営の小卒・趙霸であった。趙霸は「必ず糧を誆り取って帰る」と申し出て、建唐から成功すれば殿前帯刀都指揮に取り立てると約された。趙霸は道昭の衣を身に着け、表文を背負って汴梁へ向かった。

評語

史建唐が勇猛に王彦章を打ち破ったことで、民はしばしの安寧を得た。傅道昭を殺して軍中から趙霸を得、単身汴梁へ乗り込ませたその壮志は称賛に値する。