殘唐五代史演義傳第三十五回 唐昭宗、駕を汴梁に遷す (唐昭宗遷駕汴梁)
諫言者の処刑と遷都の強行
- 出発の際、尚書周侃・左僕射伍習が遷都に反対して跪いて諫めるが、昭宗は怒って二人を斬らせ、遷都を強行する。金銀財宝を積んだ車が数千台、汴梁へと向かった。
灞陵川での王彦章との遭遇
- 灞陵川で行軍中の王彦章の軍勢に遭遇し、百官は色を失う。彦章は「梁王の命で保駕に来た」と説明し、下馬して拝礼、帝を慰めて汴梁城へ迎え入れる。
朱温、帝位簒奪を画策
- 汴梁で朝廷を掌握した朱温は、李英と共謀し、偏殿での宴を口実に帝に迫って禅譲させる計略を立てる。
宴席での威嚇
- 宴の最中、朱温は剣を帯びて壇上に立ち「帝位を我に譲れ」と迫る。群臣は沈黙するが、保駕大将軍の凌圭が抗議して立ち上がり、朱温に金の壺を投げつけようとする。王彦章がこれを斬り捨てた。
- 昭宗は逃げようとするが彦章に引き止められ、判断を迫られる。左僕射張文蔚・楊涉らは「天下は一人のものではなく、王朝には興亡がある」と暗に禅譲を促す。昭宗は酒の席を理由に猶予を求め、なんとかその場をしのぐ。
強制された禅譲
- 翌日再び群臣が集まり、王彦章が兵を並べて昭宗に迫る。蘇循も昭宗を難詰し、帝を圧迫する。ついに昭宗は流涙して「天下を梁王に禅る」と告げ、楊涉に詔を起草させた。詔では、王朝交代は古来の理であるとし、朱温への譲位が宣言された。
玉璽の献上
- 百官が詔と玉璽を梁王宮へ献じるが、李英は「昭宗自らが玉璽を捧げて禅譲する形にすべき」と進言し、朱温もこれに従う。昭宗は自ら玉璽を捧げて朱温に渡し、臣下の礼をとって拝礼した。王彦章ら梁将は剣を手に居並び、群臣と昭宗は北面して万歳を唱えた。
評語
麗泉詩:朱温が李(唐)を圧倒し、唐室を子供のように弄んだが、天地は私情を持たぬもの、いずれ再び主が代わるであろう。
卓吾子評:昭宗が忠良の諫めを聞かず、ついに国璽を捧げて朱温に禅位したこと、そして保駕の臣・凌圭が斬られたことは、深く痛惜すべきである。