殘唐五代史演義傳第十七回 李存孝、力戦して四将を殺す (李存孝力殺四將)

李嗣源、耿彪に敗れる

李嗣源は耿彪と三合戦ったが、耿彪の鞭を受けて吐血し敗走する。耿彪は葛従周にこれを戦功として報告した。

存孝、鄧天王の陣策を知り誓いを立てる

敗走した李嗣源は晋王に、存孝の謀反ではなく鄧天王の離間策であったことを報告。周徳威も存孝を忠臣と見立て、晋王はただちに存孝を釈放する。存孝は鄧天王を捕らえてこそ真実が証明されると誓い、黄河を渡って自陣へ戻った。

四将を討ち破る

存孝は安休休ら四将と合流し、翌日賊陣へ挑む。耿彪が応戦するが、存孝は素手で耿彪を捕らえ、体を折って地に叩きつけて討ち取る。続いて出撃した張龍・李虎も、それぞれ畢燕檛と渾鉄搠で瞬時に討たれる。さらに崔受も一撃で肉塊と化す。存孝はこの日一日で四将を討ち取り、味方は歓喜して晋王に戦果を報告した。晋王は大いに喜び、周徳威も「黄巢討伐はこの者にかかっている」と称賛し、褒賞を与えて労をねぎらった。

張権の停兵の計と長蛇の陣

四将を失った葛従周の陣は動揺する。将の張権は「停兵の計」を献策し、三日の休戦を存孝に申し入れ、その間に長蛇の陣を敷いて存孝を誘い込み討ち取る策を立てる。従周は書状を送るが、存孝は文で応じず「允」の一字を書いて許諾し、逆に「もっと大軍を連れてこい、皆殺しにしてやる」と豪語して使者を返した。

三日後、賊軍は一字長蛇の陣(別名・兎守三穴の陣)を完成させる。存孝はこの陣の弱点(頭・腰・尾のいずれを攻めても他が呼応するため、三か所同時に攻めねばならない)を見抜き、自ら陣頭を、四将にそれぞれ腰と尾を攻めさせる作戦を立てた。

長蛇の陣を破り長安へ迫る

存孝は陣頭で張権を一撃で討ち取り、包囲してきた四十八人の健将もことごとく討ち果たす。他の四将も陣の腰と尾を破り、賊軍は総崩れとなって葛従周は命からがら退却した。存孝軍はこの一戦で五十余の猛将と四十余万の兵を潰滅させた。その後、魏南三県・華州華陰を奪い、潼関を越えて霸陵川まで追撃を続ける。生き残った兵はわずか十八騎となったが、存孝はこれを厭わず、七日七夜賊軍を追い続け、糧食を賊陣から奪いつつ霸陵川を越えて進んだ。存孝は自分がすでに長安城内に入っていることに気づかぬまま、葛従周を追って城内へ突入する。

評語

卓吾子曰く、存孝はわずか一日で耿彪・崔受・張龍・李虎の四将を討ち、続いて長蛇の陣を破り五十余将・四十余万の兵を潰滅させ、さらに単騎で長安まで追い込んだ。まことに眼中に敵無しというべき豪傑である。