殘唐五代史演義傳第十三回 李晋王、河中にて兵を会す (李晉王河中會兵)
諸侯との合流
- 晉王軍が河中府へ向かう途中、各鎮の諸侯が出迎えた。晉王は「大唐にこれほど多くの諸侯・兵がありながら、なぜ帝の播遷を防げなかったのか」と詰問。諸侯は「黄巣配下の兵が精強すぎて対応しきれなかった」と弁明した。
- 晉王は高祖・太宗の太原挙兵から三百年続いた大唐が今の子孫の代でこれほど衰えたことを嘆き、諸侯は「時勢の盛衰は天命による」と答えた。
- 晉王の求めに応じ、二十八鎮の諸侯が次々と姓名・治める地を名乗った(函国公袁容、晉国公王鐸、荊西節度使王元、逕原節度使程宗楚、秦州節度使仇公遇、寰州節度使童弘真、同台節度使岳彦真、華州節度使韓鑒、曹州節度使曹順、兗州節度使周順、鄆州節度使赫連鐸、河中節度使王重榮、幽州節度使馬三鉄、定州節度使王景宗、汴梁節度使朱温、徐州節度使支祥、景州節度使周太初、平州節度使王用之、寿州節度使張仲仁、莱州節度使馬君武、陳州節度使劉従吉、孟州節度使朱合爽、朔州節度使唐大弘、邢州節度使朱文、鄜州節度使楊思恭、青州節度使王敬武、於州節度使王守存、覃州節度使邵升昌)。
- 諸侯の兵は合わせて二十三万、晉王の番漢の兵は五十余万に上り、晉王軍が諸鎮を圧倒する陣容であった。
鴉館楼での宴と晉王の長逗留
- 河中府には鴉館楼・観鶴楼という二つの高楼があった。諸侯は牛馬を屠って天を祭り血をすすって盟を結び、晉王を鴉館楼に招いて進軍策を協議しようとした。
- 晉王は楼上から戦場を望み、望郷の思いを込めた詩を詠んだ。(詩:戦場を見下ろし、故郷を想って涙する内容)
- 盛大な酒宴(詩:贅を尽くした酒食の様子)が催されるが、晉王は連日酒に耽り、十日を経ても進軍の相談をしようとしなかった。
朱温の直言と晉王の怒り
- 汴梁節度使朱温は晉王の怠慢に憤り、袁容に「将士への恩賞も滞っているのに、このまま酔って過ごしてよいのか」と訴えるが、袁容は「晉王の威勢に諸侯は誰も逆らえない」と口を塞ごうとする。朱温は納得せず、自ら鴉館楼に上がった。
- 朱温は晉王の前で「大唐の天下が黄巣に奪われたことを忘れたか」と直言。晉王が名を問うと、朱温は「全忠」と名乗り、その意味(人・王・中・心)を問い詰められると、これは僖宗より賜った御名だと答えた上、逆に晉王の渾名(克用・鴉児・碧眼鶻・独眼龍)を並べ立てて言い返した。
- 怒った晉王は剣を抜いて朱温に斬りかかり、朱温も刀を構えて応戦しようとするが、周囲の者に取り押さえられる。
- (詩:鴉館楼での酔いと軍議の遅滞、直言による諸侯の反発を詠む一首)
評語
卓吾子評す。克用は諸侯を集めて十日を経ても用兵を考えず、まさに酒に溺れる徒であった。一方、黄巣に降った経験を持つ朱温が直言をなしえたことにも複雑な思いがある、との評。