殘唐五代史演義傳第十二回 存孝、石嶺関を打ち破る (存孝打破石嶺關)
函谷城攻略
- 石嶺関を守る鄭存当・存惠の兄弟は黄巣配下の勇将。存惠が函谷城で唐軍を迎え撃つが、薛阿檀に敗走。存孝・安休休が城を包囲するも、堅固な守りで七日攻めても落ちない。
- 薛阿檀が計を献じる。「城中は水も薪も尽きているはず、一旦囲みを解いて油断させよう」。存孝はこれを容れ、退軍を装った。
- 存惠は油断して城門を開き、民に薪水を取りに行かせる。薛阿檀らはその中に紛れて城内に入り込み、夜半に内応して火を放ち存当を斬り、城門を開いて存孝軍を引き入れた。存惠は城を捨てて逃亡し、函谷城は陥落した。
石嶺関の陥落
- 敗報を聞いた黄巣は柳彦璋・斉克譲に一万の兵を与え石嶺関の守りに就かせた。二人は籠城を守り、当初は出撃を避けていた。
- 存孝軍が連日辱め挑発を続けると、柳彦璋は我慢しきれず出撃。斉克譲の制止も聞かず追撃したところ、薛阿檀の伏兵に側面を突かれ大敗。李存孝・安休休も左右から挟撃し、柳彦璋らは関を捨てて敗走した。
- 追撃の途中、黄巣配下の孟絶海の援軍に助けられ辛くも難を逃れる。存孝は石嶺関を制圧し、唐の旗を掲げた。
- (詩:存孝が単独で石嶺関を陥とした武勇を称える一首)
河中への進軍
- 存孝は使者を送り晉王を関上に迎えた。晉王配下の程敬思は「河中は長安の後門にあたり、朝廷は二十八鎮の諸侯を集めて合流を待っている。長居せず速やかに進軍すべき」と進言し、晉王は河中への進発を命じた。
- (詩:函谷関・石嶺関を破った武勇と、諸侯結集による黄巣討伐の見通しを詠む一首)
評語
卓吾子評す。存孝は先鋒の印を得たその日のうちに安休休・薛阿檀を生け捕り、函谷・石嶺の攻略も難なく成し遂げた。その鋭鋒からすれば、黄巣の兵など取るに足りないと評している。