- 要旨: 五月五日、人々がようやく外に出始めるが、なお家の中には住めない状態が続く。伯兄は十日に刀傷が悪化して死去する。四月二十五日から五月五日までの十日間の惨状を、著者は自ら見聞したことのみを記したと締めくくる。
恐る恐る戻る人々
- 五日、隠れていた人々がようやく少しずつ姿を現し始めた。出会うたびに互いに涙を流すばかりで、言葉を発することもできなかった。
- 著者ら五人はいくらか気力を取り戻したものの、依然として屋内に住む勇気はなかった。朝早く食事を取ると、すぐに野原へ出て過ごし、粧いも前日までと同じ姿のままであった。
- 食糧を求めて出歩く者は日に数十人を下らず、武器こそ持たないが、皆棍棒を手にして人を脅し、財物をゆすり取っていた。棒で打たれて命を落とす者もあり、女性を見つければなお略奪の対象となった。当初、それが清軍の兵か、鎮軍の兵か、あるいは単なる乱民なのか、区別もつかなかった。
伯兄の死と記録の締めくくり
- 十日になり、伯兄は傷が重く、刀傷が化膿して破裂し、ついに死去した。悲しみは言葉に尽くせない。
- 思い返せば、著者が最初に難に遭った時、兄弟・嫂・甥・妻子を合わせて八人の親族がいたが、今ではわずか三人しか残っていない。内弟や外姨についてはもはや語るまでもない。
- 四月二十五日から五月五日まで、合わせて十日間の出来事である。その間のことはすべて著者自身が身をもって経験し、目で見たものであり、それゆえこのように書き記した。遠方から伝え聞いただけのことは載せていない。
- 後世の人々が幸いにも太平の世に生まれ、平穏な暮らしを享受しながら、自らを省みず好き放題に振る舞うならば、この記録を読んで戒めとしてほしい。