揚州十日記四月廿九

  • 要旨: 四月二十九日、虐殺開始から五日目。「洗城(皆殺し)」の噂が広まる中、城外への脱出を試みる者が官溝に殺到するが、著者一家は動けずに留まる。この日、伯兄は瀕死の重傷を負わされ、著者の妻も凶暴な兵に連れ去られかけるが、最後に温情ある紅衣の武官に救われる。

「洗城」の噂と脱出の試み

  • 次の日は二十九日であった。二十五日から数えてすでに五日が経ち、著者はひそかに「あるいは赦されるかもしれない」と望みを抱いたが、逆に「洗城(城内皆殺し)」の噂がしきりに流れた。
  • 城中の生き残りは死を賭して城壁を伝い下り、逃げ出す者が大半であった。もとは詰まっていた官溝(下水路)が、この頃には平地同然になっており、かえってそこが危険な場所になっていた。
  • 城外の無頼の者たちが城中の財物を狙い、徒党を組んで夜に官溝へ入り込んでは検問し、金銀を捜し取ったが、誰も咎める者はいなかった。
  • 著者一家は険しい官溝を越えて逃げることができず、また伯兄が著者を見捨てて一人で行くことを忍びなかったため、夜明けまで様子を見て、結局脱出は諦めた。

妻を守るための隠れ場所

  • もとの隠れ場所には留まれないと分かり、著者の妻は身重のために度々難を逃れていたことから、著者一人が池のほとりの深い草むらに身を潜め、妻と彭児はその上に伏せることになった。
  • 数人の兵が来て二度連れ去られそうになったが、いずれもわずかな賂を渡して切り抜けた。
  • 続いて凶悪な様相の兵が現れた。鼠のような頭と鷹のような目つきで、著者の妻を連れ去ろうとした。妻は以前と同じように身重を理由に断ったが、聞き入れられず、無理に立たされそうになると、妻は地面に転がって死んでも起きようとしなかった。兵は刀の峰で滅多打ちにし、血が衣を染め、表裏まで染み通った。
  • 妻はあらかじめ著者に「万一の時は必ず死ぬ。夫婦の情のために命乞いをして子を巻き込むな」と言い含めていた。そのため著者は遠く草むらに隠れたまま何も知らないふりをし、妻はもう死ぬものと覚悟していた。
  • しかし凶悪な兵はなおも諦めず、妻の髪を腕に幾重にも巻きつけて引きずり、怒鳴りながら打ち据え、田のあぜ道から深い路地まで一町余り引き回した。曲がりくねって大通りに出るまで、数歩ごとに数回打たれた。
  • 突然、多数の騎兵に出くわし、その中の一人が満洲語で兵と何か言葉を交わすと、兵は妻を放して立ち去った。妻はようやく這うようにして戻り、大声で泣いた。全身に傷を負い、無傷の部分がないほどであった。

城内の火災と一族の惨状

  • そこへまた四方から激しい火が起こった。何家の墓地の前後には草葺きの家が多く、火がつくとたちまち灰になった。わずかな空き地に隠れていた者たちも、火に追われて四方へ飛び出し、出れば必ず殺害され、百人に一人も助からなかった。
  • 戸を閉じて自ら焼け死んだ家もあり、数人から数百人まで、一室の中にどれほどの骨が積もったか知れなかった。
  • この時ばかりは避ける場所も術もなく、隠れれば見つかって金が無ければ殺され、金があっても殺されることがあった。むしろ道端に出て死体に紛れている方が、生死は分からないながらもまだましであった。
  • 著者は妻子とともに墓の裏に伏せ、泥を頭と足に塗り、ほとんど人の形をなくしていた。火勢はますます強まり、墓地の高木が燃え上がって稲光のように光り、山が崩れるような音を立て、風は怒号し、赤い太陽さえ光を失うほどであった。目の前には無数の夜叉や鬼が地獄の亡者を追い立てて駆け巡るかのような光景が広がり、著者は驚愕のあまり幾度も意識が朦朧とし、自分がこの世にいるのかどうかも分からなくなった。

伯兄の重傷

  • 突然激しい足音と悲鳴が聞こえ、振り返ると壁際で伯兄が捕らえられていた。兄は力が強く兵を振り払って逃れたが、兵はなおも追いかけて行った。この兵こそ、以前著者の妻を連れ去りながら結局放した者であった。
  • 半刻ほど姿が見えなかったが、やがて兄が裸で髪を振り乱し、兵に追い立てられて戻ってきた。兄はやむなく著者に金を出して命を救ってくれと求めた。著者に残っていたのはわずか一錠のみで、それを差し出したが、兵はなお激怒し、刀で兄を打ちすえた。兄は地に転がり、全身血だらけになった。
  • 当時五歳であった彭児が兵にすがりつき、泣きながら助命を求めたが、兵は子の衣で刀の血を拭い、再び打ちすえた。兄はまさに死にかけていた。兵は続いて著者の髪をつかんで金を求め、刀の峰で滅多打ちにした。著者が「金はもう無い、必要ならこの命をやる。他の物で構わないか」と訴えると、兵は著者の髪をつかんだまま洪家まで連れて行った。
  • 著者の妻の衣装は二つの甕に入れて階の下に伏せてあったが、それをすべて取り出させ、金銀の類はことごとく奪われ、衣服も良いものが選び取られた。兵は彭児の首にあった銀の錠前を見つけ、刀で切り取り、去り際に「私はお前を殺さないが、他の誰かがお前を殺すだろう」と言い残した。この時、洗城の噂が確かなものだと知り、著者は死を覚悟した。

紅衣の武官による救い

  • 兵が去った後、著者は妻とともに兄の様子を見に行った。兄は前後の首筋を深く傷つけられ、胸も裂けていた。著者夫婦は兄を支えて洪家へ運んだが、兄は痛みも感じないほど朦朧とし、意識が途切れがちであった。
  • 兄を安置した後、著者夫婦は再び墓地の隠れ場所へ戻った。近隣の人々は死体の山の中に伏せていたが、突然人の声で「明日は洗城だ、皆殺しにされる。お前の妻を捨てて一緒に逃げよう」と言う者があった。妻もそう著者に勧めたが、著者は瀕死の伯兄を見捨てられず、また持っていた金も尽きたことを思い、生きられないだろうと絶望し、一時気を失った。
  • しばらくして意識を取り戻すと、火勢もやや収まり、遠くから砲声が三度聞こえ、兵の往来も少なくなっていた。著者の妻は彭児を抱いて糞溜めの中に座り、洪おばあさんもそばに寄り添った。
  • そこへ数人の兵が四、五人の婦人を連れているのを見た。二人の年老いた女は泣き伏していたが、若い二人は平然と笑っていた。後から二人の兵が追いついて奪い合いを始め、一人が満洲語で仲裁すると、一人の兵が若い女を樹の下で凌辱し、残る二人の女も同様の被害に遭った。年老いた女は泣いて助命を求めたが、若い女二人はまるで恥じる様子もなく、十数人が代わる代わる凌辱し、その後もとの二人の兵に引き渡された。若い女の一人はすでに歩くこともできなくなっていた。著者はこの女が焦氏の嫁であることに気づき、その家の日頃の行いを思うと、なるほどこうなるのかと嘆息せざるを得なかった。
  • そこへ紅い衣に佩玉、満洲帽と皂靴を身に着けた三十歳前後の凛々しい風采の男が現れた。従者には黄色い甲を着た者、その後ろには揚州人が数人従っていた。紅衣の人は著者をじっと見て「お前はあの連中とは違うようだ、正直に何者か言ってみよ」と尋ねた。著者は、学のある者ゆえに助かった例も、逆に学のある者ゆえに殺された例もあったことを思い出し、実を明かさず言葉を飾って答えた。
  • 続いて紅衣の人が婦女や子について尋ねると、著者はありのままに答えた。紅衣の人は「明日、王爺の命令で刀を封じる(殺害を停止する)。お前たちは助かるぞ」と告げ、従者に衣服数点と金一錠を持たせた。「お前たちは何日食べていないのか」と問われ、著者が「五日です」と答えると、「私についてこい」と言われた。
  • 著者夫婦は半信半疑ながらついて行かざるを得なかった。ある屋敷に着くと、そこには魚や米が豊富に蓄えられており、紅衣の人は一人の女に「この四人をよくもてなしてやってくれ」と言い残して去った。すでに日は暮れていた。著者の内弟は兵に連れ去られたまま安否不明で、妻は特にそれを深く悲しんだ。
  • しばらくして老女が魚と飯を運んできた。著者夫婦はそこから食事をもらい受け、洪家に近いその屋敷から兄のもとへ魚と飯を運んだが、兄は喉を通らず、数箸で食べるのをやめた。著者は兄の髪を拭い血を洗い流しながら、胸の張り裂ける思いであった。この日、紅衣の人の告げた言葉を、著者はまだ城内に残っている人々に伝え、人々の心は少し落ち着いた。