楊家將演義第一回 北漢主が忠臣を退け、呼延賛が仇を討つ (北漢主屏逐忠臣 呼延贊激烈報仇)
呼延廷の追放と暗殺
- 北漢の主・劉鈞は、宋が天下を平定していく情勢を前に群臣に対応を諮る。
- 諫議大夫の呼延廷は「宋に表を奉り貢納すべき」と穏健策を説くが、枢密副使の欧陽昉は「呼延廷は宋と通じている」と讒言し、斬首を主張する。
- 国舅の趙遂が取りなし、呼延廷は死罪を免れるが官職を剥奪され、故郷へ帰されることになる。
- 欧陽昉はなお恨みを解かず、腹心の張青・李得に命じて途中の石山駅で呼延廷一家を襲わせ、老幼ことごとく殺害・財宝を奪わせる。
遺児の救出と成長
- 側室の劉氏は幼子を抱いて厠に隠れ難を逃れる。河東府の吏・呉旺から、殺害の真相が欧陽昉の差し金であったことを聞かされる。
- その後、山賊の頭目・馬忠に助けられ、庄に匿われて幼子を育てる。子は「福郎」と名付けられ、のちに「馬賛」と改名、武芸に秀でた若者に育つ。
- ある日、欧陽昉の名を刻んだ石碑を見た馬忠が怒りを露わにし、馬賛が事情を問うと、母・劉氏から自分が呼延廷の実子であり、馬忠は育ての親であることを知らされる。馬賛は復讐を誓う。
名馬の計と欧陽昉誅殺
- 馬忠の義弟・耿忠が良馬「烏龍馬」を持ち込んだのを機に、馬忠一家の事情を聞いた耿忠は一計を案じる。馬賛にこの馬を欧陽昉へ献上させ、官職を望まず側仕えとして取り入り、機を見て仇を討たせる策である。
- 馬賛(呼延賛と名乗る)は策どおり欧陽昉に取り入り、信任を得る。
- 中秋の宴で欧陽昉が酔ったところを一度は狙うが、人の出入りで果たせず。その後、欧陽昉は讒言により丞相職を解かれ団練使に降格、故郷の鄆州へ帰る。
- 九月九日の誕生日の夜、呼延賛はついに機会を得て欧陽昉を刺殺し、その一族四十余人をも皆殺しにする。門に恨みを記す詩を血書して立ち去る。
- 呼延賛は乌龙马に乗り財宝を携えて馬忠・劉氏のもとへ帰り、仇討ちの顛末を報告する。馬忠は残した血書の詩から発覚を恐れ、賛に貺蘭山の耿忠・耿亮兄弟のもとへ身を寄せるよう命じ、賛は父母に別れを告げて出立する。