東周列國志第八十九回 馬陵道で万弩が龐涓を射殺し、咸陽市で商鞅が五牛に裂かれる (馬陵道萬弩射龐涓 咸陽市五牛分商鞅)

馬陵の伏兵

  • 龐涓は魏の太子申とともに韓を攻めるべく出兵した。途中、外黄の徐生が太子に「勝っても魏王を超える富貴は得られず、負ければ全てを失う。今のうちに兵を引くべきだ」と説くが、太子は龐涓や諸将に押し切られて進軍を続けた。
  • 韓は齊に救援を求めた。齊の宣王が群臣に諮ると、相国騶忌は「救わぬがよい」、田忌・田嬰は「救うべき」と主張したが、軍師孫臏は「すぐには救わず、韓と魏を疲弊させてから魏を攻めるのが得策」と説き、宣王はこれに従った。
  • 韓は齊の後ろ盾を頼みに魏と戦うが敗北を重ね、再度救援を求めてきた。齊は田忌を大将、田嬰を副将、孫臏を軍師として出兵させた。孫臏は「韓を直接助けるのではなく、魏の都を衝けば魏は自ら兵を退く」と献策し、軍を魏へ向かわせた。
  • 龐涓は齊軍来襲の報を受け、韓から急ぎ引き返した。孫臏は「三晋の兵は齊を臆病と侮っている」として、竈の数を日ごとに減らして見せ、齊軍が逃亡し弱っていると龐涓に誤信させる計を用いた。
  • 龐涓は竈の激減を見て齊軍の敗走と信じ、太子申と精鋭を率いて急追。孫臏は馬陵道の地形を利用し、大木を伐り倒して道を塞ぎ、一本だけ残した木の幹に「龐涓死此樹下」と大書して伏兵を配置した。
  • 日没後、龐涓は馬陵道で立ち往生し、松明で木の文字を照らしたところで伏兵の一斉射撃を受けた。大敗を悟った龐涓は「豎子(孫臏)に名を成させてしまった」と嘆き自刎し、子の龐英も戦死した。
  • 太子申も後方から田嬰軍の急襲を受けて捕らえられ、恥じて自刎した。孫臏は龐涓の首級を齊軍凱旋の証とし、龐涓の甥・龐蔥には二人の遺骸を渡して魏王への上表と朝貢を促し、無事に帰した。(周顕王二十八年の出来事)

齊の戦後処理と孫臏の隠退

  • 凱旋した齊では、かつて田忌を陥れようとした相国騶忌が引責して印綬を返上し、宣王は田忌を相国、田嬰を将軍、孫臏はそのまま軍師とした。孫臏は加封を固辞し、祖先孫武の兵法書十三篇を献上した上で隠棲を願い出て、石閭山に隠居した。後年忽然と姿を消し、鬼谷先生に導かれ世を去ったとも噂された。
  • 宣王は龐涓の首を国門に晒して威を示し、韓・趙の感謝を受けて三晋の君を博望城に集めて服属させた。一方で宣王は次第に酒色や造園に耽り、稷下に学者を集めて議論させるばかりで実政を怠るようになり、諫言した田忌も鬱々として世を去った。

無鹽君鐘離春の諫言

  • 醜女として知られる無鹽の鐘離春が宣王に拝謁を求め、隠語(揚目・衒歯・挙手・拊膝)で「烽火への備え」「諫言を拒む態度」「佞臣の跋扈」「土木事業の浪費」という四つの過失を指摘した。宣王は深く反省し、宴を止め鐘離春を正后に立てようとしたが、彼女は諫言が用いられることこそ望みと辞退した。宣王はこれを機に賢者を招き佞臣を退け、齊は治まった。

秦の商鞅、魏を破る

  • 秦の相国衛鞅(商鞅)は龐涓の死を機に孝公へ魏討伐を進言し、公子少官とともに出兵。魏は公子卬を大将として迎撃させたが、公子卬はかつて衛鞅と親しかったことから和睦を試みた。
  • 衛鞅は旧誼を装って公子卬を玉泉山の会盟に誘い出し、酒宴の隙に勇士烏獲・任鄙を用いて公子卬を捕らえ、その従者を脅して城門を開けさせ、吳城を奪取した。魏は西河を失陥し、龍賈の講和交渉により河西の地を秦に割譲することになった。魏惠王は安邑を捨てて大梁に遷都し、以後「梁」と称した。

商鞅の末路

  • 秦孝公は衛鞅の功に商於の地十五邑を与え「商君」と号させた。門客の趙良は「刑罰が厳しすぎ民に恨まれている、今のうちに退くべきだ」と諫めたが、商鞅は聞き入れなかった。
  • 孝公の死後、太子駟(惠文公)が即位すると、商鞅にかつて刑を受けた公子虔らが謀反の疑いを訴え、惠文公は商鞅の相印を取り上げた。商鞅は逃亡を図るが、自ら定めた法(旅籠は身元証明のない者を泊めてはならない)に阻まれ、皮肉にも自分自身がその法の犠牲となった。
  • 魏への亡命も拒まれ、商於に戻って挙兵を図るも捕らえられ、五牛に引かせて八つ裂きにされ、一族も滅ぼされた。(周顕王三十一年の出来事)

評語

  • 史官の詩は「昔は偽りの書状で人を欺いた者(龐涓)が、今夜は伏兵の弩に討たれた。信義を大切にせよ、龐涓のようになってはならない」という趣旨で、欺瞞の報いを説く。
  • 鬼谷先生がかつて龐涓に「人を欺けば必ず欺き返される」「馬にちなむ地で命運が尽きる」と予言していた通りになったことを述べ、占いの的中を評する。
  • 商鞅についても、髯翁の詩は「商於に封じられて一年も経たぬうちに、五つ裂きの惨劇に遭った。酷薄な報いは必ず来る、刑罰を厳しくしすぎぬ教えを学ぶべし」という趣旨で、法を厳しくしすぎた末路を戒める。