東周列國志第七十六回 楚昭王が郢を棄て西へ奔り、伍子胥が墓を掘り屍に鞭打つ (楚昭王棄郢西奔 伍子胥掘墓鞭屍)
楚軍内の不和と囊瓦の渡河
- 沈尹戍が去った後、武城黑や史皇が功を焦って囊瓦に渡河決戦を勧める。囊瓦は漢水を渡って小別山に布陣し先鋒戦は勝つが、夜襲を決意する。
夫概の奇襲と囊瓦の敗走
- 孫武は囊瓦の夜襲を見抜いて伏兵を配し、逆に伍子胥に囊瓦の本営を襲わせる。囊瓦は挟撃されて大敗し、援軍の薳射も加わるが史皇との作戦方針が割れ、両軍は不和のまま別々に布陣する。
- 先鋒夫概は独断で囊瓦の陣を急襲し、大混乱の中で史皇は討死、囊瓦は鄭へ逃亡する。
沈尹戍の奮戦と壮絶な最期
- 撤退する薳射軍を夫概が追撃し、薳射は討死。その子薳延も窮地に陥るが、沈尹戍が新息から引き返して救援し、夫概軍を一時撃退する。
- 闔閭本隊が追いつき激戦の末、沈尹戍は重傷を負い、家臣の吳句卑に自らの首を斬らせて楚王への伝言を託し果てる。呉軍はそのまま進撃を続ける。
楚、郢都放棄を決す
- 薳延・呉句卑の報告に楚昭王は嘆き、囊瓦の失策を罵る。子西・子期らと守備を協議するが、劣勢は覆いがたく、昭王は郢都放棄の意を固める。子西・子期は麦城・紀南城に守将を配し、自らは魯洑江の防衛に当たる。
伍子胥、麦城を「驢城・磨城」の計で落とす
- 伍子胥は驢馬が磨を挽く様子から着想を得て、麦城の東西に「驢城」「磨城」と名付けた急造の城砦を築き、守将鬥巢の裏をかいて楚兵の降卒を紛れ込ませ、夜半に麦城を陥落させる。
孫武、水攻めで紀南城を攻略
- 孫武は漳江の水を堰き止めて紀南城・郢都一帯を水浸しにし、筏で城に迫る。楚の守将は避難させるほかなく、郢都は無血で陥落する。
郢都陥落と呉軍の暴虐
- 闔閭は楚王の宮殿に入り、楚の後宮の女性たちを辱める。伯嬴(楚王の母、もと太子建の妻)だけは剣を手に節を守り、闔閭も気圧されて退く。孫武・伍子胥らも楚の大夫の邸に押し入り妻妾を辱める、と乱脈を極める様が語られる。
伍子胥、平王の墓を暴いて屍に鞭打つ
- 孫武は宗廟を焼かず太子建の子・羋勝を立てて名分を保つよう進言するが、闔閭は聞き入れず宗廟を焼く。
- 伍子胥は平王の墓を探させ、老石工の助言で偽の棺の下にある本物の棺を見つけ出し、遺骸に三百回鞭打ち、目をえぐるなど積年の怨みを晴らす。老石工は工事に関わった者が皆殺されたのに自分だけ逃れた経緯を語り、恩に報いるためこれを教えたという。
楚昭王の逃避行
- 昭王は沮水・大江を経て雲中へ逃れる途中、盗賊に船を襲われる。王孫繇于が身を挺して守り、鍾建が季羋(王の妹)を背負って避難する。孫叔敖の霊が繇于を助けたという逸話も語られる。
- 藍尹亹は昭王一行の乗船を拒み、鬥辛らの手配でようやく鄖邑に至る。
鬥懐の弑逆未遂
- 鬥辛の弟・鬥懐は父の仇(かつて平王に殺された)を晴らすべく昭王暗殺を企てるが、兄鬥辛に強く諫められ思いとどまる。昭王はこれを漏れ聞き、鄖に留まらず随国へ向かう。
子西の偽装統治と伍子胥の追跡
- 子西は魯洑江で王を装い脾洩に仮の朝廷を置いて人心をつなぎ、後に王の所在を知って随に合流する。
- 伍子胥はなおも昭王を得ようと、随に迫って引き渡しを求める。