東周列國志第二十八回 里克が二たび幼君を弑し、穆公が晋の乱を平定する (里克兩弒孤主 穆公一平晉亂)
里克・丕鄭父、荀息の翻意を試みる
- 献公の喪に、狐突以外の百官が参列する中、里克と丕鄭父は荀息を訪ね、驪姬派の子を立てたことへの疑念と、重耳・夷吾派の反発を説き、翻意を促す。
- 荀息は「先君の遺託を受けた以上、奚齊が我が君である。力及ばねば死をもって応えるのみ」と拒み、二人は退去する。里克は「ならば我らも重耳のために事を成すまで」と丕鄭父と密約する。
奚齊・卓子の弑逆
- 里克・丕鄭父は刺客を喪の場に忍ばせ、奚齊を殺害する。居合わせた優施も斬られる。
- 荀息は自刃しようとするが、驪姬に「卓子がまだいる」と止められ、九歳の卓子を新たに君に立てる。
- 梁五は里克・丕鄭父の関与を疑い討伐を進言するが、荀息は両者の勢力を恐れ、時機を待つよう抑える。
屠岸夷を巡る二重の謀略
- 梁五・東関五は刺客屠岸夷を使い、葬送の隙に里克を襲う計画を立てる。屠岸夷はこれを知人の騅遄に相談し、騅遄は「偽って承諾し、逆に逆党を討て」と勧める。屠岸夷は同意し、丕鄭父・里克側と通じて葬送当日の蜂起を約す。
- 里克は病と称して葬送を欠席し、東関五は「里克が乱を企てている」と兵三百で包囲させる。屠岸夷はその機に東関五を殺害し、「重耳を奉じて申生の仇を討つ」と兵を煽動、軍は雪崩を打って呼応する。
- 梁五は東関五の死を聞いて逃げようとするが屠岸夷らに追われ、自刎するも仕留めきれず里克に斬られる。
- 一同は宮中に攻め入り、荀息は卓子を抱えてかばうが、里克は「申生も先君の子であった」と応じず、屠岸夷が卓子を殺し、荀息も斬られる。
- 驪姬は逃げ込んだ賈君の宮でも拒まれ、投身して死ぬ。里克はその屍を辱め、梁五・東関五・優施の一族を皆殺しにする。
(詩:驪姬が幼子を君にしようと謀った末に母子ともに斬られたことを、かつての《暇豫》の歌になぞらえて皮肉る内容。また、荀息が昏君の遺命に殉じ、璧馬の智謀もむなしく命を落としたことを嘆く内容)
里克、重耳を推すも辞退される
- 里克は百官を集め、賢明な重耳を立てようと提案し、自ら署名の筆頭に立つ。狐突は「二子が重耳に従っており当事者になれない」と固辞する。
- 屠岸夷を使者に立てて重耳を翟に迎えるが、重耳は「乱に乗じて国を得るのは本意でない」と固辞し、狐偃も出仕を止める。
夷吾、秦の支援を得て即位を図る
- 重耳が固辞したため、里克は夷吾を迎える方針に転じる(梁繇靡の進言)。夷吾は郤芮の助言で、秦の力を借りることを決意し、里克・丕鄭父にはそれぞれ広大な領地を約束する密約書を交わす。
- 秦穆公は蹇叔の勧めで、公子縶を遣わし重耳・夷吾双方を弔問させ、その人物を見極める。重耳は哀悼の意のみを述べて即位への野心を示さず、夷吾は逆に積極的に秦の後援を求める。
(詩:親を思って喪に服す重耳と、国を得ることを喜ぶ夷吾の対照から、両者の成否が定まったと評する内容)
- 縶の報告を受けた穆公は重耳の賢を評価しつつも、公子縶の進言「秦が名を成すには、あえて賢ならざる者を立てるのも一策」により夷吾の擁立を決める。
- 夷吾は秦の穆姬(申生の妹)の書状に応じ、賈君を厚遇し追放された公子たちを帰国させると約束する。斉桓公・周王も使者を送り、秦・周・斉の後援のもとで夷吾は晋に迎えられ、惠公として即位する。国人はもともと重耳を望んでいたため、夷吾の即位に落胆する。
惠公、秦への割譲を渋る
- 即位した惠公は子圉を世子とし、狐突・虢射・呂飴甥・郤芮ら旧臣を要職に据える。しかし秦へ約束していた河西五城の割譲を渋り、群臣で議論となる。
- 里克は信義を守り割譲すべきと主張するが、郤芮は「先君の地は棄てられない」と反対し、里克の主張を「私利(汾陽の田)のためだ」と揶揄する。
- 惠公は結局、呂飴甥の起草した書状で割譲を先延ばしにする言い訳を秦に送ることに決め、丕鄭父を使者に立てる。
丕鄭父、秦で不満を漏らす
- 実は惠公は丕鄭父にも約束していた領地を与えておらず、丕鄭父は内心不満を抱いたまま秦へ赴く。
- 秦の穆公は約束を反故にされたことに激怒し丕鄭父を斬ろうとするが、公孫枝の取りなしで思いとどまる。
- 穆公が人払いの上で真意を問うと、丕鄭父は「呂飴甥・郤芮を秦に招いて誅殺し、里克と自分が内応して重耳を立てる」との密約を提案し、穆公はこれに同意する。秦は大夫冷至を丕鄭父に随行させ、呂飴甥・郤芮を誘い出す策動を始める(続きは次回)。