東周列國志第二十六回 百里奚が扊扅の歌で妻と認め合い、穆公が陳宝を得て夢を証す (歌扊扅百里認妻 獲陳寶穆公證夢)
百里奚、蹇叔を推挙する
- 秦穆公は百里奚を上卿にしようとするが、百里奚は自分より十倍優れた友人蹇叔を用いるべきだと辞退する。
- 百里奚は、自分が斉・周・虞で仕官しようとするたびに蹇叔が制止し、二度は難を逃れ一度は聞かずに虞に仕えて捕虜となった経緯を語り、蹇叔の見識の確かさを説く。
- 穆公は公子縶を商人に扮させ、宋の鳴鹿村に隠棲する蹇叔を厚い礼物で招くよう命じる。百里奚も別に書状を送る。
公子縶、蹇叔の里を訪ねる
- 公子縶は鳴鹿村へ向かう途中、田で歌う農夫たちの気品ある詠に感嘆する(詩:晴耕雨読の暮らしを楽しむ内容)。
- 蹇叔の庵は竹林と泉に囲まれた閑雅な地にあり、その風景を讃える詩が添えられる。
- 蹇叔は不在で、息子の蹇丙(字は白乙)が応対する。縶は丙の器量に感心し、蹇叔もさぞ賢者だろうと確信する。
蹇叔、招きに応じ秦へ赴く
- 帰宅した蹇叔は百里奚の書状を読み、事の次第を知る。
- 蹇叔は当初、虞公が百里奚を用いなかった例を挙げ、秦君が百里奚一人を重用すれば十分として招きを固辞するが、公子縶が「百里奚も一人では留まらない」と説くと、友のためにと出仕を決める。
- 蹇叔は隣人らに礼物を分け与え、家事を頼んで旅立つ。息子の蹇丙(白乙)も同行する。
- 秦に着いた蹇叔は穆公に謁見し、覇業には徳を根本とし威を伴わせるべきこと、教化を先とし刑罰を後にすべきこと、貪・忿・急を戒めるべきことなどを説く。穆公は深く感服する。
- 穆公は蹇叔を右庶長、百里奚を左庶長とし「二相」と呼んで並び立てる。蹇丙も大夫に任じる。二相の下、秦は大いに治まる。
(詩:公子縶が百里奚を推し、百里奚が蹇叔を推した人材の連鎖を讃え、秦穆公の求賢の姿勢を称える内容)
- 穆公はさらに人材を求め、公子縶の推薦で秦人の西乞術を、百里奚を通じて晋人繇余の噂を知るが、繇余はすでに西戎に仕えていた。
百里奚、妻子と再会する
- 百里奚の妻杜氏は夫の出奔後、貧困の中で子の孟明視を連れて流浪し、秦に流れ着いて洗濯女として宮中に仕えていた。
- ある日、杜氏は楽人の中に紛れて琴を弾き、歌を披露する機会を得る。歌は、貧しかった別れの日と今の富貴とを対比し、夫が自分を忘れたことを恨む内容だった。
- 百里奚は歌を聞いて驚き問いただすと、それが妻杜氏だと判明し、夫婦は抱き合って泣く。子の孟明視も呼び寄せられ、一家は再会を果たす。
- 穆公は褒美を与え、孟明視を大夫に取り立て、西乞術・白乙丙とともに「三帥」として軍事を任せる。
繇余の帰順と西戎平定
- 三帥は姜戎の吾離を破り、瓜州の地を得る。
- 西戎主赤斑は秦の強盛を見て、臣下の繇余を秦に遣わし穆公を観察させる。繇余は宮室苑囿を誇る穆公に対し、戎の質朴な政に礼楽法度の弊害はないと論じ、穆公を感嘆させる。
- 百里奚は繇余を晋出身の賢者と見抜き、穆公は「隣国の聖人は敵国の憂い」と警戒する。内史廖の献策により、女楽を戎主に贈って志を奪い、繇余を秦に長く留めて政務を怠らせる策を用いる。
- 繇余は戎主に疎まれ、諫言も容れられず、ついに秦に帰順して亜卿に任じられる。繇余の献策により三帥は戎を攻め、戎主赤斑は降る。
(詩:虞は百里奚を用いず虜囚を出し、戎は繇余を失って国を喪ったと対比し、賢才を得ることの重さを説く内容)
- 赤斑の降伏を機に、周辺の諸戎も次々と秦に服する。
穆公の異夢と陳寶夫人
- 論功の宴で泥酔した穆公は昏睡し五日間目覚めない。世子罌が付き添う中、内史廖は「屍厥(一時的な仮死状態)であり異夢を見ているはず、驚かすな」と告げる。
- 目覚めた穆公は、天帝の召しにより宮闕に至り、王者から「任好(穆公の名)よ、晋の乱を平らげよ」との命を受けた夢を語る。案内した婦人は自ら「寶夫人」と名乗り、祠を建てれば穆公を覇者にすると告げていた。
- 内史廖は、先君文公の代に陳倉で得た不思議な物(蝟)と、それが化けた二童子(雌雄の陳寶、野雉の精)の故事を語り、雄を得れば王、雌を得れば覇になるという言い伝えを紹介する。
陳寶の祠を建てる
- 穆公は太白山で狩りをし、陳倉山で捕えた雉が石鶏に化す不思議に遭遇する。内史廖はこれを寶夫人の験だと祝い、穆公は陳倉山に「寶夫人祠」を建てさせ、山の名も寶雞山と改める。
- 以後、祭りのたびに雞鳴が響き、時折光と雷鳴を伴って「葉君」(雄雉の神)が訪れるとされる。四百余年後、南陽に生まれた漢の光武帝が新を滅ぼし漢を再興したことが、この「雄を得れば王」の験とされる(続きは次回)。