東周列國志第十六回 鮑叔が囚人管仲を薦め、曹劌が長勺で斉を破る (釋檻囚鮑叔薦仲 戰長勺曹劌敗齊)
召忽の自刃と管仲の護送
- 魯荘公は施伯の勧めで公子糾を殺し、召忽と管仲を捕らえた。召忽は檻車に入れられる恥を拒んで自ら柱に頭を打ちつけて死んだが、管仲は「糾のために雪冤する」と言って自ら檻車に入った。
- 施伯は管仲の器量を見抜き、生かして魯に用いれば斉に対抗できると荘公に勧めたが、隰朋が「桓公は射られた恨みで管仲を生かしておかず自ら手を下すつもりだ」と偽って伝え、荘公は疑わず管仲を引き渡した。
檻車からの脱出
- 管仲は道中、追っ手がかかることを恐れ、《黄鵠》の歌を役夫に歌わせて足を速めさせ、魯の追跡が及ぶ前に国境を脱した。
- 堂阜で鮑叔牙が出迎え、管仲は「臣節を欠いた身で仇に仕えるのは忍びない」と固辞するが、鮑叔牙は「大事をなす者は小恥にこだわらない」と説得した。
桓公への推挙と管仲の登用
- 鮑叔牙は桓公に対し、公子糾を弔いつつ管仲という賢才を得たことを賀し、自らは宰相の任を辞して管仲を推薦した。桓公は最初「矢を受けた恨みは骨身に徹する」と難色を示したが、鮑叔牙の説得で赦免を決めた。
- 鮑叔牙は「賤しい身分・薄い禄・疎遠な礼では非常の人材は動かせない」と説き、桓公は吉日を選んで管仲を郊外に迎える大礼を行い、正式に厚遇して迎え入れた。
管仲の治国策問答
- 桓公は管仲に治国の道を問い、管仲は「礼義廉恥」を国の四維とし、民を愛し、身分に応じた職業(士農工商)を安定させ、贖刑によって兵器を蓄え、山海の利で財を興し、行政単位を軍制と一体化させる内政策を説いた。
- さらに「兵は精を貴び多きを貴ばず」として、隠密裏に実力を養う方策と、周室を尊び隣国と親しむ外交策を述べ、桓公は三日三晩語り合って深く感銘を受けた。
五傑の推挙と管仲の拝相
- 管仲は自らを宰相に任じようとする桓公に対し、隰朋(外交)・寧越(農政)・王子成父(軍事)・賓須無(司法)・東郭牙(諫言)の五人をそれぞれの得意分野に任じるよう推薦し、自らは相国として国政全般を統括することとなった。
- 桓公は管仲を「仲父」と尊称し、国人にもその名を直接呼ぶことを憚らせるほど厚く遇した。
長勺の戦い
- 管仲を相とした報を聞いた魯荘公は激怒し、乾時の雪辱を期す。斉が先制して魯を攻めようとするが、管仲は「軍政未定」と諫めるも桓公は聞かず、鮑叔牙を将として長勺に進軍させた。
- 魯は在野の賢者・曹劌を起用。曹劌は「一鼓作気、再鼓而衰、三鼓而竭」の理を説き、斉軍の三度の鼓に応じず沈黙を守らせ、斉軍が油断したところで一気に反撃、大敗させた。追撃も轍の乱れと旗の乱れを確認したうえで慎重に行い、大勝を収めた。