唐李問對「三軍の気を奪う」法
- 太宗が言った。「『孫子』が言う『三軍、気を奪うべし』の法に、『朝の気は鋭く、昼の気は惰り、暮の気は帰る。善く兵を用いる者は、その鋭気を避け、その惰帰を撃つ』とある。どうか。」
- 靖が言った。「そもそも生を含み血を稟け、鼓して闘争を作し、死んでも省みない、これは気がそうさせるのです。故に兵を用いるの法は、必ずまず吾が士衆を察し、吾が勝気を激して、その上で敵を撃つことができます。呉起の『四機』は、気機を上と為し、他に道はありません。人をして人人自ら闘わせることができれば、その鋭さは当たる者がありません。いわゆる朝の気が鋭いというのは、時刻を限って言うのではなく、一日の始終を挙げて喩えとしているのです。すべて三たび鼓を打っても、敵が衰えず竭きなければ、どうして必ずこれを惰帰させることができましょうか。思うに、学ぶ者はいたずらに空文を謂うだけで、敵に誘われてしまうのです。もしこれを奪う理を悟れば、兵は任せることができます。」