帝王略論卷五 高緯

高緯の評

  • 公子は、高緯の昏乱ぶりは周の天元(宇文贇)に並ぶが、どちらがより酷いかと問うた。
  • 先生は答えた。斉が鼎立していた頃、その領土は中原の要地を占め、東は海・泰山を越え、西は華山に至り、南は長江・淮水を極め、北は沙漠に臨んでいた。燕地の強弓と冀州の駿馬、漁陽・上谷の精兵を擁し、沿海からは魚塩の貢を得、清漳の流れは肥沃な土地を潤し、国は富み兵は強く、他の二国の及ぶところではなかった。斛律(斛律光)のような勇将、蘭陵王のような忠勇な宗室の武才、忠実な臣と精鋭の兵が険を守っていた。並の器量の君主がこの旧業を継ぎ、静かに守っているだけでも、四方の国境を保ち、宗廟を固めるには十分であったはずである。ところが高緯は狂愚にして道を乱し徳を損ない、つまらぬ小人ばかりを用い、諫言する臣を誅殺し、寵姫が朝政を左右し、宦官が詔勅を握り、宋鵲という犬に高官の乗る車の寵を与え、的廬という馬に玉食の尊さを与えるほどであった。驕り淫し昏迷し暴虐であったのだから、滅びるのも当然である。天元と比べれば、いわば兄弟国というべきであろう。