帝王略論卷二 孝桓皇帝・孝靈皇帝
桓帝・霊帝への評
- 問い:後漢が衰乱したのは桓帝・霊帝の治世によるというが、この二帝の悪徳はどちらが甚だしいか。
- 答え:岷江も源では盃を浮かべられるほどの細流だが、下流では舟を並べてようやく渡れるほどの大河になる。元帝が弘恭・石顯を任用したことに始まり、桓帝・霊帝の代に単超・張讓ら宦官が加わるに至って、彝倫(人倫の秩序)が破られ、ついに宗廟国家を傾けた。事の由来は徐々に積み重なったものである。「小さな火は消えないうちに消せ、燃え盛ってからではどうにもならない」というのは、事の初めを慎むべきだという意味であり、後世の者はこれを鑑とすべきである。
- 桓帝は怒って梁冀を誅滅した点には剛断の節があったが、宦官が権をほしいままにし、党錮の禍を招いた。
- 中平年間の乱の兆しは桓帝の代に始まった。「天下が悲鳴を上げているときこそ新しい君主の好機」という古語があるが、霊帝は疲弊した民を受け継ぎながら善政を行いやすい状況にあったにもかかわらず、前代以上の害毒を及ぼして宗社を傾けた。天寿を全うできただけでも幸いというべきである。