帝王略論卷二 孝成皇帝・孝哀皇帝

史論

公子は「成帝は外戚に政を委ねてついに劉氏の宗廟を危うくし、哀帝は董賢を寵愛して天下を禅ろうとした。この二つの過ちはどちらが大きいか」と問うた。先生は次のように答えた。乱亡の兆しという点では両者は同じである。成帝が王氏を任用したことは、なお三代を経てようやく衰えが進んだものであった。しかし哀帝は董賢に耽溺し、自ら帝位を禅ろうとまでした。その暗愚・偏執ぶりは成帝よりも速く現れたものである。