帝王略論卷二 孝元皇帝

生涯

  • 元帝は名を奭といい、宣帝の太子である。性は柔和で仁愛に篤く儒学を好んだ。
  • 宣帝が登用した官吏の多くが文法の吏で刑名によって天下を治めていたのを見て、大臣の楊惲・蓋寛饒らが謗言の罪で誅されたことを寛容に諫めたところ、宣帝は嘆いて「わが家を乱す者は太子であろう」と言った。
  • 宣帝の崩後、即位して改元した(原文欠字により元号名不詳)。黄門の官を廃し、水衡・禁苑の馬や犬を貧民に貸し与えた。
  • 前将軍蕭望之に厚く任せようとしたが、中書令の弘恭・石顯がひそかに蕭望之を陥れ、自ら死に追いやった(この箇所、底本に欠落・脱字あり)。

史論

或る人が「漢の元帝は才芸温雅であり、文治を守る良主と言えるか」と問うた。虞世南は次のように答えた。人君の才は遠大な方略にあるのであって、文徳・武功にこそその本領がある。文であれば天下を治め詔勅・典策を整えること、武であれば暴を禁じ兵を収め人を安んじ衆を和すること、これが君主たる者の大きな図である。琴瑟を弾き笛を吹き音律を整えることなどは、楽官の職分であって、天子が務めるべきことではない。