宋史演義第六十七回 巾幗の英雄桴鼓もて戦を助く/鬚眉の豪気剣を舞い詞を吟ず (巾幗英雄桴鼓助戰 鬚眉豪氣舞劍吟詞)
高宗の海上避難と呉氏
高宗は楼船で海に逃れ、多くの官僚が随行した。嬪御の呉氏(後の呉皇后)が同行し、白魚が船に入る吉兆を見せて高宗に喜ばれ、和義郡夫人に封じられた逸話が語られる。
越州・明州の陥落
金将阿里蒲蘆渾が越州に迫ると、宣撫使郭仲荀は逃走、知府李鄴は降伏した。降伏に憤った衛士唐琦が阿里蒲蘆渾を襲おうとして捕らえられ、李鄴を面罵して処刑された。明州でも張俊らが奮戦したが、増援を得た金軍に攻め落とされ、掠奪が行われた。金軍は昌国県まで高宗を追ったが、提領海舟の張公裕が船戦でこれを撃退した。
韓世忠・梁紅玉の迎撃準備
兀朮は掠奪の限りを尽くして北帰する途上、鎮江で韓世忠の水軍に阻まれた。梁夫人(梁紅玉)は寡兵での正面決戦を避け、自ら中軍で太鼓を打って合図を送る策を献じ、世忠はこれに応じて金山での伏兵策も併せて用いることとした。
金山での奇襲と兀朮の危機
韓世忠は金山の龍王廟に伏兵を置き、兀朮が偵察に登った隙を突いて奇襲、随行の二騎を捕らえたが、兀朮本人は僅かの差で逃げ延びた。
黄天蕩の戦いと梁紅玉の采配
翌日、梁紅玉は楼船で太鼓を打って指揮し、韓世忠軍は弩と大砲で金軍を迎撃。兀朮軍は大敗し、婿の龍虎大王は水中に引きずり込まれて捕らえられ、後に処刑された。
老鸛河の開削と黄天蕩追い詰め
逃げ場を失った兀朮は、報奨をちらつかせて土地の者に老鸛河故道の開削を持ちかけさせ、一夜で水路を通して建康へ向かおうとした。
牛頭山での岳飛遭遇
牛頭山で岳飛の伏兵に遭遇し、金軍は大混乱に陥って多数の死者を出し、兀朮は新城まで敗走した。夜も岳家軍の追撃に脅え、王権の敗北(岳飛による捕縛・斬首)を知り、やむなく黄天蕩へ引き返すことにした。
韓世忠の鉄鉤策
黄天蕩の出口にはなお韓世忠の船団が待ち構えていた。世忠は鉄の鉤縄を用いて敵船を沈める策を用い、兀朮軍に大損害を与えた。兀朮は仮の道を請うたが世忠は「二帝を還し疆土を復せよ」と一蹴した。
韓世忠の驕りと満江紅
援軍の到着で気を強くした兀朮は再度渡河を試みるが、世忠に阻まれる。世忠は月夜に梁夫人と酒を酌み、油断を戒める夫人の忠告にも関わらず驕った様子で「満江紅」の詞を吟じる場面が描かれる。梁夫人は用心を諸将に命じて休む。
金軍の火計準備
金軍は閩人の献策により、船に土を積んで安定させ、風のない夜に火矢で宋の水軍を焼き討ちする策を実行に移す。
評語
筆者は『説岳全伝』の脚色を批判しつつ、黄天蕩の戦いは正史に基づく実話でありながら筆致の激しさで小説以上の迫力を持つと評し、事実そのものに大観を備えていることを述べる。