宋史演義第一十六回 治道を進め陳希夷朝に入る/窮荒に遁れ李継遷虜に降る (進治道陳希夷入朝 遁窮荒李繼遷降虜)
参知政事李穆の死と封禅中止
- 参知政事の李穆が病死し、太宗は深く悼んだ。群臣の求める泰山封禅も宮中火災を機に取りやめとなる。
隠士陳摶の入朝
- 華山の隠士陳摶(号希夷先生)が入朝する。若くして俗世を離れ長年山中で修行し、五代・宋の各代の君主から重んじられてきた経歴が語られる。
- 太宗との対話で陳摶は仙術や不老長生を語らず、治世に励むことこそ肝要と説き、太宗・宰相らに感心される。太宗は希夷先生の号を賜り厚遇する。
- 後年、陳摶は死期を悟り石室を用意させ、遺書を残して静かに没した。作者は陳摶を仙怪視する俗説を戒め、単なる高潔の隠者だったと評する。
李后の冊立と元佐の乱心
- 太宗は李妃を皇后に立て盛大な儀式を行う。後苑での賞花・賦詩の宴が繰り返される様子も描かれる。
- 長子の楚王元佐は聡明で武にも優れていたが、叔父廷美の助命嘆願がかなわず憂憤し、廷美の死後に発狂の様相を見せる。重陽の宴に呼ばれなかったことに激昂して酒に溺れ、ついに自邸に放火する騒動を起こす。
- 太宗は元佐を庶人に落とし均州へ配流するが、宋琪らの取りなしで京へ召還され南宮に幽居となる。
李継遷の反乱
- 夏州節度使一族の李継捧は太宗に銀・夏・綏・宥四州を献上して内附するが、族弟の李継遷はこれを拒み地斤沢に逃れて勢力を築く。
- 継遷は詐降の計で宋将曹光実をおびき出して謀殺し、銀州を奪う。
- 宋の田仁朗が討伐に向かうが、継遷の勢いを見て持久策をとったところ、副将王侁の讒言により太宗の怒りを買い召還・処罰される。
- 王侁がその後継遷勢を破るなどして銀・麟・夏三州の諸蕃はおおむね帰順するが、継遷自身は遼に帰順して夏国王に封ぜられ、遼の宗女を娶る。
遼の来歴(挿話)
- 作者は本回の締めくくりとして、遼(契丹)の建国から歴代皇帝(太祖耶律阿保機、太宗耶律徳光、世宗、穆宗、景宗)の推移、蕭燕燕(蕭太后)の摂政、韓徳譲・耶律休哥の重用など遼側の情勢を概観し、次回の宋遼開戦につなげる。
評語
- 陳摶を隠者として高く評価する一方、元佐の乱心は叔父への情義の発露として好意的に解釈する。
- 李継遷討伐では田仁朗の策を評価しつつ、酒色に溺れて讒言の隙を作った落ち度も指摘し、遼への帰服を許した結果、西北の辺境に長く禍根を残したと総括する。