宋史卷四百六十七 列傳第二百二十六 王守規
禁中夜火で仁宗を導いた小黄門
- 王守規、真定欒城の人。入内副都知守忠の弟。守忠は真宗に仕え謹愿・慎密で最も厚い眷遇を受けた。明道の頃、守規は小黄門であったが、禁中で夜半に火が起きた際、守規は真っ先に気づき寝殿から後苑まですべての鎖を撃ち破り、仁宗と皇太后を延福宮まで奉じ避難させた。振り返ると通った所はすでに焼け跡になっていた。翌日、執政が起居を候うと、帝は「王守規が朕をここまで導かなければ、あやうく卿等と再会できないところだった」と言った。
- この功により入内殿頭に遷り、京城の水を治めることを選ばれ、汴河を公賈村で、蔡河を四里橋でそれぞれ決壊させ水患を息ませ、帯御器械を加えられた。官は宣慶使・康州防禦使・内侍右班副都知に至り、享年六十七で卒し、昭武将軍留後を贈られた。