宋史卷四百五十四 列傳第二百十三 張汴

張汴

  • 字は朝宗、一字は次山、蜀の人。若くして丞相・呉?兄弟の門に出入りし荊閫(荊州の軍事拠点)に長年通じ韜略を学んだ。呉?兄弟が失脚し廃斥されて十余年後、文天祥が挙兵すると祕閣修撰・広東提挙・督府参謀に招かれ、幕府の左右で知る限りを尽くして働いた。空坑の戦いで敗れると乱兵に殺害され、処置使・鄒□がその屍を得て葬った。