宋史卷四百五十三 列傳第二百十二 鄭振

鄭振

  • 字は亨叔、興化軍仙遊の人。建炎中、盗・楊勍が起こると邑令は振に檄を送り民兵を集めて防がせ、振は力戦して賊衆を退け一夜のうちに逃亡させた。紹興十三年、羣盗の曽少龍・周老龍・何白旗・陳大刀の衆が数万に達すると帥司は振に討伐を命じ、盗はもとより振の名を聞いており戦わずして屈した。十六年、盗・詹鉄义が振の郷里に入ると振は衆を率いて拒み数十人を殺したが、ついに殺害された。里中に廟が立てられ祀られた。孫知微という者が朝請大夫として舒州通判であったとき、紹興元年、賊・劉忠が境内に入り知微を捕らえて連行、知微が屈せずにいると忠は怒りその肉を切って食らったという。