宋史卷四百五十三 列傳第二百十二 鄭覃

鄭覃

  • 字は季厚、明州の人。靖康二年、郷試に及第。建炎四年春、金人が明州を陥落させ大掠を働くと、覃は一族を率いて山谷に難を避けたが金人に追いつかれ、兄の章とともに捕らえられ、刃を突きつけられ「金を出せば死を免れさせる」と脅されると、覃は号泣しながら黄金の釵を埋めた場所を指し示し放されたが、金兵はなお周りにいた。覃は妻・董氏とともに小舟に乗って逃げ、兄・章に「万一脱出できなければ、私が北面して異国に仕えることがあろうか、兄は祭祀を頼む」と告げたが、再び兵に捕らえられ降伏を強要されると、覃は言葉を励まし罵り屈せず水中に身を投げた。董氏は「夫はもう死んだ、辱めを受けて生きるより死ぬ方がましだ」と泣き、自らも身を投げて死んだ。覃の死後、孫・曽孫の多くが進士に登第し、清之が最も顕達した。覃には太師・秦国公が、董氏には秦国夫人が累贈された。