宋史卷四百五十二 列傳第二百十一 李成大
李成大
- 字は実夫、南康軍建昌の人。文定公李迪の従子。宝祐四年進士、徳祐初、金壇知県。北兵が至り、寄居官の潘大同・大本兄弟が民兵を率いて巷戦したが敗れ死んだ。吏民は成大に降伏を迫ったが、密かに胡用存と回復の計を練ったところ事が漏れ獄に繋がれ拷問を受けても屈せず、二子を殺して脅されても屈することなく「子は父のために死し、臣は君のために死ぬ」と笑って答え、ついに殺された。事が上聞し朝散大夫直祕閣「忠節」を贈られた。詔には「外患が激しく大きな城を数十も擁しながら降る者が相望むほどであった中、封疆の臣として父が忠義に死し子がその後を継いだのは、晋の卞氏に類する、褒賞せずにいられようか。通直郎知鎮江府金壇県兼弓手砦兵正・李成大は剛気天を貫き精忠日を貫き、壮志は遂げられぬままその身を失った。大夫の階位を贈り二人の遺児を登用してその英霊を慰める」とある。