宋史卷四百五十二 列傳第二百十一 林空齋

林空齋

  • 永福の人。名は伝わらず、父・同は官が監丞に至った。空齋は進士に及第し知県を歴任、官を辞し家居していた。益王が立つと、張世傑が泉州を包囲する中、空齋は郷人の黄必大・劉仝祖とともに家を挙げて忠義局を開き義兵を起こして永福県を回復した。当時王積翁は安福を挙げて世傑に投降を約していたが、実は密かに北兵と通じており、北兵が至って永福を屠ろうとすると必大・仝祖らは他邑へ逃げたが、空齋は盛装して堂上に座し、指を噛んで血で壁に「生きては忠義の臣、死しては忠義の鬼、草間に生き延びられたとしても私は忍びない。諸君はどうする、古来皆死は免れぬものだ」と書き記し、まもなく捕らえられ屈せず死んだ。