宋史卷四百五十 列傳第二百九 牛富

牛富

  • 霍丘の人。制置司遊撃砦兵の出身で勇敢かつ義を知り、侍衛馬軍司統制として襄陽を五年守り、のち樊城に移って呂文煥と唇歯の関係で連年戦い、六年間守り抜いた。城が破れると死士百人を率いて巷戦し、死傷者数知れず、渇して氷雪の血を飲み、転戦の末、民家に火を放って道を塞ぎ重傷を負い、柱に頭を打ちつけたのち火に身を投じて死んだ。静江軍節度使を贈られ「忠烈」と諡され、廟を建康に賜った。裨将王福は牛富の死を見て「将軍が国事に死したのに、私だけ生き残ってよいものか」と自らも火に投じて死んだ。