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宋史
卷四百四十八 列傳第二百七 韓浩
濰州に死す
韓浩、丞相韓琦の孫。建炎2年(1128年)奉直大夫として濰州を守り、金軍の攻撃に力戦して戦死。通判朱庭傑も戦死。北海県丞王允功、司理参軍王薦も一族もろとも陥落死した。
朝議大夫周中は一族で城を守り、弟の周辛は私財を尽くして戦士を養い、城陥落時に一門百人が死んだ。紹興6年(1136年)周聿の請願により贈官された。
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