宋史卷四百四十六 列傳第二百五 曹覲
儂智高の乱に死す
- 曹覲、字は仲賓。皇祐年間に封州知事として儂智高の乱に遭遇。兵百人のみで城を守り、逃げるよう勧められても「守臣たる者、死あるのみ」と拒んだ。都監陳曄の敗北後、力戦して捕らえられたが降服を拒み殺され屍を江に投じられた。時に35歳。妻の劉氏も賊を避けて死し、追贈と褒賞を受けた。
孔宗旦(附伝)
- 孔宗旦、魯の人。邕州司戸参軍として儂智高の反乱を予知し知州陳珙に警告したが聞き入れられず、州が破れると捕らえられ罵倒して殺された。太子中允を贈られた。
趙師旦(附伝)
- 趙師旦、字は潜叔。枢密副使趙稹の従子。康州知事として儂智高の南下に対し兵300で防戦、妻子を匿わせて城を死守。矢が尽きるまで戦い捕らえられ大罵して殺された。時に42歳。光禄少卿を贈られた。同時期、王従政も太平場で儂智高と戦い、屈せず沸湯を浴びせられて死んだ。