宋史卷四百四十五 列傳第二百四 韓駒

出自と生涯

  • 韓駒、字は子蒼。仙井監の人。政和初年(1111年頃)献頌により将仕郎、進士出身を賜り秘書省正字となったが、蘇氏の学を奉じたとして華州蒲城県市易務に左遷。
  • 洪州分寧県知事を経て著作郎として御前文籍の校正に従事。祭祀の楽章の欠陥を指摘し、三館の士と分担して楽曲50余章を作った(多くは韓駒の作)。
  • 宣和5年(1123年)秘書少監、6年(1124年)中書舎人兼修国史。制誥の褒貶が過度であることを上奏で戒めた。給事中の封駁の実質、舎人の詞頭繳還の権限について論じた。
  • 郷党曲学のことで集英殿修撰・太平観提挙に落とされた。高宗即位後、江州知事となり、紹興5年(1135年)撫州で没した。蘇轍に学び、詩は儲光羲に似ると評された。子は遜遊。