宋史卷四百四十四 列傳第二百三 周邦彦

生涯

  • 周邦彦、字は美成。銭塘の人。疎放で州里に重んじられなかったが百家の書に博渉した。元豊初、京師に遊学し「汴都賦」万余言を献じ、神宗はこれを異とし侍臣に邇英閣で読ませ、政事堂に召して太学諸生から正の職を授けられた。5年間昇進しなかったが辞章に磨きをかけ、教授廬州から知溧水県を経て国子主簿。哲宗の召対で以前の賦を誦し祕書省正字を授けられた。
  • 校書郎・考功員外郎・衛尉宗正少卿を歴任し議禮局検討を兼ね、直龍図閣知河中府から徽宗が礼書を完成させたいために留められ、翌年知龍徳府・徙明州、祕書監に拝し徽猷閣待制・提挙大晟府、まもなく知順昌府・徙処州で66歳で没し宣奉大夫を追贈された。音楽を好み自ら曲を制し楽府の長短句を作り、その詞は清蔚として世に伝わった。