宋史卷四百四十 列傳第一百九十九 鞠常
生涯
- 鞠常、字は可久。密州高密の人。祖父の真は黄県令、父の慶孫は申州団練判官で詩名があった。
- 少くして学を好み文章に巧みで、後漢の乾祐二年、わずか21歳で進士に及第。祕書省校書郎を振り出しに、周の広順年間には宰相范質の推挙で集賢校理となり、鄆州観察支使・永興軍節度掌書記・伊陽令を歴任。
- 顕徳四年に朝廷に策を進め、猗氏令・蔡州防禦判官・介休県令・魏県令を歴任。開宝年間、趙普が宰相となり著作佐郎に抜擢。楊徽之・李若拙・趙隣幾ら四人とともに当時名を知られた。
- 応挙の際に作った「四時成歳賦」(万余言)や「春蘭賦」が伝わる。清河令を経て7年後に47歳で没した。
- 子の仲謀(字は有開)は雍熙中の進士で才幹があり、御史・東京留守推官・陝西転運を経て兵部員外郎。父の文を集めて20巻とした。弟の瑜も周の広順年間の進士で、常と並び称された。