宋史卷四百三十九 列傳第一百九十八 馮吉

馮吉

  • 字は惟一、河南洛陽の人。父・馮道は後周太師中書令、瀛王に追封された。晋天福初、父の蔭で秘書省校書郎、膳部・金部・職方員外郎、屯田・戸部・司勲郎中を歴任し、金紫階に累進した。周顕徳中、太常少卿。
  • 学を好み文章に巧みで草隷に長け、掌誥(知制誥)就任が期待されたが、軽薄な性格が災いし実現しなかった。琵琶を愛好し教坊の名手も及ばぬ腕前であったが、父・道はこれを恥じて習うことを戒めた。宴席で琵琶演奏の褒美として絹を受けた際、伶官のように拝礼し恥じる様子もなかったという逸話が伝わる。
  • 少卿在任中は不遇で酒に親しみ、朝士の宴には招かれずとも自ら赴き琵琶を弾じ詩を賦し舞う奇行で知られ、「三絶」と称された。宋初、明憲皇太后の諡議の撰述を命じられ評価された。建隆四年、享年45で卒した。