宋史卷四百三十八 列傳第一百九十七 葉味道

葉味道

  • 初め諱は賀孫、字は知道(後にこれを字として用いた)、温州の人。朱熹に師事し、礼部試で首席となったが、学制策で程頤説に基づいたため知挙胡紘に「偽学の徒」とみなされ落第した。学禁解禁後の嘉定十三年進士、鄂州教授。
  • 理宗が朱熹門人とその著書を訪ねた際、行誼により推薦され三省架閣文字主管、宗学諭となった。輪対で人主の学問の要(志気・幾微・綱常・忠言)を説いた。太学博士兼崇政殿説書に抜擢され、慣例を破って『論語』の講説を提案した。
  • 鬼神論を問われ、陰陽二気の散聚論で答え、伯有の故事に絡めつつ暗に皇子竑(済王)の処遇問題を諷諫した。対金軍事(三京攻略)に反対する議状を提出し、開辺の負担や龐勛・黄巣の乱の先例を引いたが、後に洛陽方面の敗戦でその先見が評価された。
  • 秘書省著作佐郎で卒し、理宗は哀悼し内帑から賻儀を賜与した。著書に『四書説』『大学講義』『祭法宗廟廟享郊社外伝』『経筵口奏故事講義』がある。