宋史卷四百三十八 列傳第一百九十七 李心傳

李心傳

  • 字は微之、宗正寺簿李舜臣の子。慶元元年郷挙、以後科挙を断念し著述に専念した。崔与之・許奕・魏了翁ら二十三人の推薦により史館校勘に任じられ、進士出身を賜り中興四朝帝紀の編纂に従事したが、三分の一を終えたところで言者により罷免された。
  • 著作佐郎兼四川制置司参議官として『十三朝会要』を編纂し、端平三年に完成させた。工部侍郎として、大乱後には凶年が生じやすいと論じ、和糴・流散民・検税・籍貲の弊害を挙げ、成湯の桑林の祷の故事を引いて罪己の詔と六事の是正を求める上奏を行った。
  • 潮州で祠禄となり、淳祐年間に致仕、享年78。
  • 評: 史才があり典故に通じたが、呉獵・項安世の伝の書き方に偏りがあったとされ、川蜀を重んじ東南を軽んじる傾向があったとされる。著書に『高宗繋年録』二百巻『学易編』五巻『誦詩訓』五巻『春秋考』十三巻『礼弁』二十三巻『読史考』十二巻『旧聞証誤』十五巻『朝野雑記』四十巻『道命録』五巻『西陲泰定録』九十巻『辨南遷録』一巻、詩文百巻がある。