王柏
- 字は会之、婺川金華の人。大父・師愈は楊時に易・論語を学んだ。父・瀚は朱熹・張栻・呂祖謙の門人であった。柏は諸葛亮を慕い自ら「長嘯」と号したが、何基に「長嘯は聖門の持敬の道にあらず」と諭され、号を「魯斎」と改めた。
- 何基に師事し、論語・大学・中庸・孟子・通鑑綱目の標注・点校に精密であった。敬斎箴図を作り、早起・廟参・家事の厳整を実践した。伯兄・季弟の遺族を扶養し、貧者を救済した。
- 蔡抗・楊棟の推薦で麗沢・上蔡両書院の師となった。学問見解として、河図洛書と先天後天易の関係、洪範と皇極経は帝王相伝の大訓であり箕子の創作ではないとする説、詩経三百五篇は必ずしも孔子の手による最終定本ではなく漢儒が二南を十一篇に再編したとする説、鄭衛の淫奔詩を排除すべきとする主張、大学致知格物章は亡佚していないとする説、中庸の誠明を二篇構成とする独自の分章等を挙げ、『春秋発揮』を著した。
- 卒に際し端座して逝った。諡は文憲。著書に『読易記』『涵古易説』『大象衍義』『涵古図書』『読書記』『書疑』『詩弁説』『読春秋記』『論語衍義』『太極衍義』『伊洛精義』『研幾図』『魯経章句』『論語通旨』『孟子通旨』『書附伝』『左氏正伝続国語』『閫学之書』『文章復古』『文章続古』『濂洛文統』『擬道志』『朱子指要』『詩可言』『天文考』『地理考』『墨林考』『大爾雅』『六義字原』『正始之音』『帝王歴数』『江右淵源』『伊洛精義雑志』『周子発遣三昧』『文章指南』『朝華集』『紫陽詩類家乗』文集がある。