宋史卷四百三十三 列傳第一百九十二 林之竒

林之竒

  • 字は少頴、福州侯官の人。呂本中が福建に入った際に冠したばかりの之奇が師事し、礼部試に赴く途上でも師に会うことを優先した逸話が伝わる。紹興21年進士第、莆田簿・長汀尉を経て秘書省正字・校書郎。朝廷が王安石の三経義を学者に用いさせようとした際、王氏の説を「桀紂より罪深い」として反対する上言を行った。
  • 金の南侵の噂に対し、和戦の権は我にあるべきとする書を当路に送り、人材登用の重要性を論じた。痺疾のため外任を願い、宗正丞・提挙閩舶、後に祠禄のみで家居し「拙斎」と号した。呂祖謙が師事した。淳熙3年卒、65歳。著述に『書』『春秋周礼説』『論孟楊子講義』『道山記聞』等がある。