宋史卷四百三十二 列傳第一百九十一 林槩

林槩

  • 字は端父、福州福清の人。父高は太常博士で治行があった。槩は幼くして聡明、進士挙、秘書省校書郎知長興県。大飢饉の際、富人が米を出し惜しんで価をつり上げたのに対し自らの俸禄米を庭に出し、土豪に数千石を出させて飢民を養った。知連州。
  • 康定初、封事を上奏し、古の民兵制度と現今の兵農分離の弊害を論じ、唐の兵制に倣った軍民統合や馬の飼育の民間分担、行陣の法制化、要衝への柵設置と蛮の徴用等を提言した。程琳が蜀人の渠堰私設を禁じたことに反対して罷止させ、蜀の飢饉に際しては川峡の漕運を止めて常平粟を貸与し富人の米出しを促すことを建言した。太常博士集賢校理で卒。『史論』『辨国語』を著す。子希は別に伝がある。