宋史卷四百三十二 列傳第一百九十一 賈同

賈同

  • 字は希得、青州臨淄の人。五代の楊光遠の乱の際、祖の崇が郷里400余家を率いて愚谷山に籠り2千人を活かしたという故事がある。初名は罔、字公疎。篤学好古で『山東野録』7篇を著し40余歳で進士出身、真宗の命で改名した。王欽若が名声を聞いて招こうとしたが固辞、8、9年後に歴城主簿、張知白の推薦で大理評事・通判兗州。
  • 天聖初、上書し祥符以来の諫諍の道が塞がれていること、丁謂が符瑞を偽造して先帝を欺いたこと、寇凖の名誉回復を求める内容を陳べた。章献太后臨朝の折にこの言を為したことは難しいこととされた。殿中丞・知棣州で卒。劉顔・李冠・王無忌ら門人が「存道先生」の諡を贈った。