宋史卷四百二十四 列傳第一百六十三 趙汝騰
経歴
- 趙汝騰、字は茂実。宗室の子。福州に居し、寶慶二年(1226年)進士。主管禮兵部架閣、籍田令、館職試験、祕書省正字、校書郎、祕書郎兼史館校勘を歴任し、輪対で節用は乗輿宮掖より始めるべきと説いた。直煥章閣知温州、直徽猷閣江東提点刑獄、直寶文閣知婺州を経て召され、起居舎人兼権中書舎人、起居郎兼権吏部侍郎兼国史編修実録検討兼同修国史実録院同修撰兼侍講、吏部侍郎兼侍講、権工部尚書兼権中書舎人を歴任するが左司諫陳垓の弾劾で罷免。
- 禮部尚書兼給事中兼修国史実録院修撰として、姦諛の臣が官職を得ても徳を損じ、興利の臣が国脈を戕うのみと入奏。龍図閣学士知紹興府浙東安撫使、端明殿学士提挙佑神観兼翰林学士承旨知泉州兼南外宗正事を歴任し、景定二年(1261年)卒し四官を贈られた。