宋史卷四百十九 列傳第一百七十八 别之傑

别之傑(字宋才)

  • 郢州の人。嘉定二年(1209年)進士、京西安撫司参議官に差し、太府寺主簿に転じ将作監丞に転じ、澧州知事に差し徳安府知事、親の喪に服し起復して徳安府知事、直宝謨閣を加え江陵府知事湖北安撫副使に進み、直煥章閣に進み、親が八十歳になり祠禄を願い帰郷、君臣の義と親子の情の両全を図った。京湖安撫制置使陳垓の弾劾で罷免、前職崇禧観主管、直敷文閣に進み江陵府知事湖北安撫使、起復して真州知事、江寧府知事湖北安撫副使に改め、兵部郎官を加え督視行府参謀官に差し、軍器監に転じ直宝文閣を加え京西転運判官兼提点刑獄、秘閣修撰を加え江陵知事兼京湖制置副使、宝章閣待制に進み太平州知事、さらに宝謨閣学士に進みなお沿江制置使兼知建康府江東安撫使、兵部尚書を加え淮西制置使を兼ね、辺事は便宜に行うことを許され、端明殿学士を加える。
  • 淳祐二年(1242年)同知枢密院事兼権参知政事を授かり、資政殿学士に進み湖南安撫使、監察御史蔡次傳の弾劾で罷免、七年参知政事を拝命、田里への帰還を願い前職知紹興府、のち両浙転運判官翁甫の弾劾で罷免、宝祐元年(1253年)死去、特に少師を贈られた。