宋史卷四百十九 列傳第一百七十八 宣繒

宣繒

  • 慶元府の人。嘉泰三年(1203年)太学両優釈褐(最優秀での卒業)、太学博士として召され試され秘書省校書郎に至り著作佐郎兼権考功郎官に昇進、吉州知事・福建提点刑獄を歴任、考功員外郎に転じ秘書少監に転じ、時暫兼権侍立修注官・守起居舎人として起居郎兼権侍左侍郎、孝宗の寳訓を編纂、吏部侍郎試・権兵部尚書、嘉定十四年(1221年)同知枢密院事兼参知政事、翌年参知政事を拝命。
  • 資政殿学士として奉祠、端平三年(1236年)召され闕に赴き大学士に昇り洞霄宮提挙、観文殿大学士として致仕し死去。繒はかつて王堯臣の故事に倣い策を定めるよう命じられていたといい、太師・忠靖の諡を贈られた。