宋史卷三百八十八 列傳第一百四十七 唐文若

出自と初任

  • 字立夫、眉山の人。父庚は文苑伝に伝がある。進士に及第し潼川府で教職に就いた。高宗に上書して重用され、洋州通判として茶税増徴に反対し民を守った。遂寧府通判のとき水害対策で治績を挙げた。

孝宗朝の諫言

  • 秦檜死後に召され、起居郎として西北人材登用を進言した。北伐の議論では慎重論を唱え、張浚の起用を支持しつつ軍の実情を憂慮した。金軍侵攻時には親征・大臣派遣・張浚起用の三策を献策した。孝宗内禅の際の称号問題で議論をリードし、乾道元年(1165年)享年60で没した。